術後3ヶ月検診へ。

術後3ヶ月検診を受けるため、神戸へ行ってきました^^


早いもので、1月7日の手術から3ヶ月が経ちます!
術後つづいていた首の圧迫感は、今はほとんど感じなくなりました。
気になるのは、横や後ろを向く時に、顔がスムーズに動かないことぐらい、かな。
「よいしょっ!」って感じで振り向いています(汗)


全摘してしまった甲状腺が出してくれていたホルモンを補うために、毎日、薬を飲んでいます。
最初は、チラーヂン(甲状腺ホルモンの薬)を100μg。
術後1ヶ月の検診で、これでは足りないことがわかり、125μgに増量。

今回の血液検査の結果、まだ足りていなくて、137、5μgに増えました。
身体の大きさによって、薬の量はある程度決まってくるらしく、普通の女性の量を超えて飲まなくちゃいけないらしいです。
先生には、「足りなくなる理由が見当たらないんだよなー。もしかして、飲み忘れている?」と聞かれてビックリ(汗)
今のところ、一日もかかさず、せっせと飲んでいます。
体重が増えたり、身体への影響が出ると困るし〜。

早く、私にちょうど良い薬の量が見つかりますように。


次に神戸で診察を受けるのは、一年後でいいそうです。
それまでは、こちらで診てもらうことになりました。

術後1ヶ月検診へ。

術後1ヶ月の検診を受けるため、神戸へ行ってきました~^^
術前検査で神戸へ行ったときに比べると、不安や緊張がなくなったので、明るい気持ちで出かけることができました。



今回は、『ホテル ケーニヒスクローネ』に泊まりました。

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王冠をかぶったクマのキャラクターがトレードマークの洋菓子やさん、ケーニヒスクローネのホテルで、1階はショップとカフェで、その上がホテルになっていました。

チェックイン時にいただいた、ウェルカムスイーツ↓


娘を連れて来たかったと想うぐらい、可愛らしいお部屋!↓



朝食には、美味しそうなスイーツやデニッシュが、たくさ〜ん並んでいました。
宿泊客のほとんどが女性だったのも、納得のホテルでした。





検診の方はというと、血液検査の結果、甲状腺ホルモンの量が足りていないことがわかり、お薬が増えました。
ホルモンの量が多くても少なくても、身体に影響がでるので、ちょうどよい量を見つけることが大切なんですって。


傷は、順調にきれいになってきているそう。
今、マイクロポアという肌色のテープを、傷にそって貼っているのだけど、貼り方が難しい!

「テープの中央に傷がくるように貼らないと、意味ないよ~」と、指導されてしまいました。
テープは、傷の固定(安静)と、盛り上がりを予防のために、最低3ヶ月貼ることになっています。
貼るのが上手になったころに、終了になりそうな予感~(汗)


次の診察(術後3ヶ月検診)は、2ヶ月後。
あと1回神戸でみてもらい、その後はこちらで診察を受ける予定です。



退院、そして術後1週間。

ご報告が遅くなりましたが、おとといの13日に無事に退院し、自宅へ戻ってまいりました。
家が近くなり、見慣れた河川敷、公園の木々を見たら急にホッとしてしまい、タクシーの中で涙がこぼれてしまいました。

私、ずっと緊張していたみたい。



9日間の入院生活でした。


お花のプレゼントが、嬉しかったです。





術後から1週間、今、辛いことは、

●くびの突っ張り感が強く、顔を思った方向に向けられない。目だけギョロギョロと動いています(汗)初めは口を開けるのも厳しかったので、それを思うとよくなっているけれど。

●のどの辺りが圧迫されている感じがして、首を絞められているみたい。

●くしゃみと、咳が響く。

●よく噛まないと飲み込めない。



術後の、あの痛みを思えば、今はなんて元気になったんでしょう!と素直に想います。
看護師さんに、「日を追うごとによくなっています。」と話したら、『日にち薬(ひにちくすり)』という言葉を教えてもらいました。
なんて、的を得た言葉!
あとは焦らず、回復を待ちたいと思います。





今後の生活は、運動は最低1ヶ月禁止、運転と自転車は2週間はダメ。
など、細かいことはあるけれど、食事とお酒に制限はないそうです。
さすがにお酒をいただく気分にはならないけれど、元気になったらいつでも飲めると思うと嬉しい~(///ω///)♪


帰りの新幹線で、ワインを少しだけ頂きました。




来週いっぱいは家でゆっくり過ごし、26日から少しずつ活動を開始し、2月に入ったら仕事に戻ろうと思います。


読書中。

神戸は毎日、良いお天気です!


(屋上庭園からの空の様子。)





痛みとの付き合い方もわかってきたので、退院に向けて身体を動かしています。
(ストレッチと階段の昇り降り!)


あとは、ひたすら本を読んでいます。
こんなにゆっくりと自分と向き合えること、めったにないと思うから。




30年ぶりに読んだホームズが、一番面白かったです^_^



術後2日目。

甲状腺全摘出の手術は、無事に終了しました。
おかげ様で、私は、元気です!
生きていてよかった!!




手術当日から2日経ち、今はだいぶ落ち着いたけれど、ここまでくるのに、三つの山があったように思います。


ひとつは、麻酔から覚めるまでの3時間。

もうろうとする意識の中で、何度も名前を呼ばれ、肩を叩かれ、手術が終わったのだと気づくのに、ずいぶんと時間がかかりました。
(私はおかしな夢を見ていた。)

リカバリー室に運ばれ、夫と娘の顔を、なんとなく見て(目があかない)、言葉を発しようとした途端に、首が重く身体が動かなくて、吐きたいと訴えて背中をさすられても、のどが痛くて吐くこともできなくて……
吐き気止めの点滴と、痛み止めの座薬でやり過ごしたものの、生きた心地がしない、一番ツライ時間でした。



ふたつめは、夜が明けるまでの時間。

麻酔が覚めた3時間後に、水を飲まなくてはいけなく、唾も飲み込めないほどのどが痛いのに、三口ものみました。
さらに3時間後、今度は立ち上がってトイレに行かなくちゃいけなくて。
『首や肩に力を入れないで、腕の力で起きますよ~』と言われても(涙)

身体を起こすと吐き気が襲うし、横になっても寝返りがうてないから、腰が板のように痛いし。

隣のベッドで休んでいた術後の年配の男性は、ずーーっとイビキをかいて寝ていて、この状況で寝られることがうらやましくもあり、勘にもさわり……
時間の分からない中、早く朝になり、自分の部屋に戻りたいと、痛みに耐えながら願っていました。



みっつめは、糸と、血を抜くための管を抜くまでの間。

傷からの出血を貯めておく管が、首に付けられているのだけど、これがくせ者で、少しひっかかると痛いし、行動が制限されて本当に嫌だった。


(管が手前の私の首につながっている。血が溜まる容器をいつも持って歩いた。)


私は出血が順調に少なくなったので、今日のお昼前に、管を抜いて、抜糸をしてもらえました。
身体が軽くなり、これで、今夜はゆっくり眠られそう。





ツラかったことを書いたら、どこまでも書いてしまいそうなので、この辺で止めておきます~。


退院は13日に決まりました(^_^)



さようなら、甲状腺。

昨日、無事に入院の手続きを済ませ、 現在入院2日目。
パジャマにスッピンでいるせいか、見た目はすっかり病人です(汗)



病室の窓からは、遠くにポートタワーが見えます。





手術は、明日の午後1時から。
時間は3時間ぐらいで、術後翌朝の朝食まではリカバリールームで過ごすそう。



私はこんなに元気で、具合の悪いところなんて全くないのに。
甲状腺を取らなくちゃいけないなんて、とても、不思議な感じ。



不安はあるけれど、それを口にするとみんなが心配するので、こらえています。
執刀医の先生方に全てをお任せして、心穏やかにその時を待ちたいと思います。
(おみくじにも書いてあったしね。)



43年間ガンバってくれた、私の甲状腺。
今までありがとう!



入院準備、完了!

気がつけば、今年もあと二日でおしまい。

入院まで一週間をきったので、必要な荷物を箱にまとめ、病院へ宅急便で送りました。
入院案内を受けてから2ヶ月。
もっと早く支度をすればよいのに、ズルズルと後回しにしてしまい、ここにきて大慌てで買い物を済ませる始末。


今年の目標は、
『やらなくちゃいけないことは、すぐにやる!後回しにしない!』だったような(汗)





12月に入ってからというもの、長引いた風邪で残った咳はいよいよもってひどくなり、おまけに胃痛と下痢に悩まされることの多い日々だった。

振り返ってみると、12月はずーーっとお腹が痛かった。
気がついた腹痛の原因は、ふたつ。

抗生剤が身体に合わなかった。
牡蠣を食べるとお腹が痛くなる。

二回続けて、牡蠣を食べた後にお腹が痛くなったから、さすがに次に食べる時には、勇気がいるかも。
牡蠣、大好きなのに〜(涙)





ついていないことは重なるもので、今週末の3日に出発するのに、娘がインフルエンザに罹ってしまった。
ここで私がうつると、それこそ手術どころではなくなってしまうので、私も予防投与で娘と一緒にリレンザを処方してもらいました〜。


娘はインフルエンザの予防注射を毎年欠かさず受け、今まで一度も罹ったことがなかったのに〜
10歳にして初めて、このタイミングでなるなんて(涙)





明日、美容院でパーマとカットを済ませると、私の入院準備は完了!
ギリギリに行く予定でいたけれど、本当にギリギリになってしまった〜。


これ以上、何事も起きず、無事に出発できますように^^


手術まで1ヶ月。

早いもので、手術まで1ヶ月を切りました。


年明けに、東京でバレエの公演を見てから病院のある神戸へ向かうので、最近は夫と、日程の調整や切符の手配をしています。

私の実家に預けるはずだった娘は、不安でいっぱいのようなので、
(初めて祖父母宅に一人で泊まることと、私のことで。「ママ、死なない?」と聞いてきます。)
夫と一緒に手術に付き添うことになりました。

術後、私が落ち着いたら、娘は私の実家へ、夫は仕事へ。
娘は私の退院と同時に家に戻ってくるので、実家で過ごすのは4日ぐらいの予定。
夫は長いお休みをもらうことになるので、年末の31日から年明け1日、2日は、仕事になったそう(悲)


今回のことで、夫にたくさんの迷惑をかけていることが、とても心苦しいです。
早く元気になりたいと思います。





12月に入ってから、話す必要がある方に、がんのことを話しました。


私が一番気になっているのは、娘のこと。
退院後、私はそのまま家に戻る予定で、一週間安静と言われている。
どれぐらい元気に過ごせるかは、その時にならないと分からないけど、私になにかあったときに、娘のことをお願いできる親しい方に、きちんとお話し協力をお願いしました。

とりあえず話したのは、
同じマンションに住む友人、娘と同じクラスのママ、バレエの同じ学年のママ。
娘の行動範囲内の方々です。


私の遊び友だちには、あえて話さないことにしました。
元気になってから、
『いや~私ね、がんの手術をしたのよ~』と、話のネタぐらいでいいかなと思って。


話す私もドキドキだけど、聞いた方の、突然の告白に緊張する様子をみると、本当に申し訳なくて。


あっ、ブログでは書いていますが、私のリアルな友人達はこのブログのことを知りません。





かかりつけの歯科医院の先生夫妻(友人)には、今後の治療のこともあるので、話したところ、最近先生の友人が急な手術で気管内挿管を受けた際、前歯(差し歯)を失ったらしくて(汗)

私の前歯をとても心配してくれ、前歯用のマウスピースを作ってくれるそう。
手術の時に、持っていくといいよって。

術前検査で、麻酔科の先生に、
「気管内挿管の時に、そういうことが起きる場合もある。」とは聞いていたので、
「万が一、前歯が取れたら保管してください〜。」とお伝えしたけど、本当にそんなことがあるのね・・・・。





年明け後、娘はバレエにしばらく通えなくなるので、バレエ教室の事務室に事情を話したら、
なんと、その後、主宰の先生から直接お電話をいただきました。
(学校の校長先生からかかってきた感覚です。)

今まで直接お話ししたことがなかったので、ビックリと緊張で、しどろもどろになりながら、説明しました。


先生ご自身がお年を召していらっしゃるためか(S3年生まれ)、私のことをとても心配してくださり、
「困ったことがあったら、いつでも相談にいらっしゃい。」と、涙声で話されてしまった。

私は大丈夫なので、そこまで心配していただくなくても(汗)
恐縮です。





最後に、先日のレッスンでの先生との会話です。


先生「レッスンは2月から復帰で大丈夫ですね。」
私「えっっ、体調と相談してから決めてもいいですか?」

先生「どうして?どこがダメだと思うの?」
私「傷の痛みや、違和感が、術後3週間でどの程度取れているかわからないし、、、」

先生「何針縫うの?」
私「……何針かは分かりませんが、全摘なので12、13センチ切ると思います…。」

この後、
「首は脂肪も神経も少ないから(これは事実ではない)、切ったってたいしたことないでしょ。痛くないわよ。
私が、手の指にした注射の方が、よっぽど痛かったと思いますよ。
首は大丈夫、大丈夫、2月から頑張りましょうね。」


といった内容の会話が延々続き、私、泣きそうでした。


先生の注射も、さぞかしお痛かったことでしょう。
でも、私の手術と、いっしょくたにする必要、ある?

きっと、先生なりの励まし方だったのだと、理解しています。
私はショックでしたが。





年末に向けて、イベントが盛りだくさん。
飲み過ぎに注意して、楽しんできます^^


術前検査。

年明けの手術に向けて、検査を受けてきました。

遠方のため、次に病院に行くのは入院のとき。
一日で、必要なすべての検査、手術の説明、入院案内を受けました。


受けた検査と診察。

・採血
・レントゲン撮影検査(胸部、頚部)
・CT撮影検査(胸部、頚部)
・心電図検査
・呼吸機能検査
・発声機能検査
・咽頭ファイバー
・麻酔科の先生の診察
・主治医(執刀医)の診察
・薬剤師さんの問診





つらかったのは、耳鼻科の先生にしていただいた、咽頭ファイバー。


甲状腺の近くには、反回神経という声帯の運動(開閉)をつかさどる神経があるのだけれど、手術で影響を受けると、声帯の動きに影響がでることがあるそう。
(声がかれたり、出なくなったり・・・?)
そのため、手術の前の声帯の様子をみるための、検査。


お鼻の中に、細いカメラを入れるだけなんだけれど、痛かった!
涙が勝手に流れてくる〜!!

痛かったけれど、私の声帯は正常だそう。
手術後にもう一度、確認するんですって(இдஇ; )





一番時間がかかったのは、麻酔科の先生の診察。
私の生活習慣、病歴、家族のこと、などなど、小一時間は、お話しをしました。
全身麻酔は安全だけれど、そのためには事前の準備が大切なのね。


私への注意事項をまとめると、

・忘年会、新年会でお酒を飲み過ぎない。肝臓の値が悪くなると手術できないよ。
・予防注射は3週間前に済ませておく。
・今のままの体系を維持する。太らないでね。
・風邪をひかない。
・ぜんそく予防のお薬を、手術3日前から使う。
・傷の回復のためには、タンパク質を多めにとると良し。


ざっと、こんな感じでしょうか。
麻酔中に夢を見ることはなく、眠った次の瞬間には目が覚めるので、何が起きているかはわからないそう。





主治医の院長先生とは、検査結果をふまえ、手術の方法を決めました。


・甲状腺全摘術
・頚部リンパ節郭清術


私のがんは、甲状腺の右側にあるので、右半分を取り、左半分を残す選択肢も、あった。

全部を取ってしまうと、今まで甲状腺が出してくれていたホルモンを、お薬を飲む形で補充する必要が出てくる。
一生ね。
それでも、万が一再発をして、もう一度手術をするなんて絶対に嫌だし(だって首を切るのよ!)、もともと私は橋本病もあるので、いずれお薬のお世話になるかもしれないなら、、、、
と、悩みに悩み、全摘出を選びました。





甲状腺がんは手術をすれば大丈夫だと思っていたけれど、その手術が大変な事なんだと、自分の甘さに気づかされました。
生まれて初めての手術は、とても怖いです。

手術までの2ヶ月半、「こわいよー、こわいよー」と、夫にずっと言い続けることになりそうです(汗)


告知。

「大人の発表会」でのスピーチで、甲状腺にがんが見つかったことをお話ししました。


突然のことで、ご心配をおかけしています。
ピアノが一段落するまでは、誰にも話さない、そして伝える時には自分の口で、と決めていたので、あのタイミングとなりました。


でも、私は、いたって元気なので、大丈夫です^^
告知までの経過を、少し書きたいと思います。





7月中旬。
夫の勤務するクリニックで健康診断を受けた時のこと。
夫が、
『そういえば、ダークチェリータルトの甲状腺を診たことがないから、今日、エコーで診るからね。』
と、言ったことがすべての始まり。


夫『あれー、なにかあるよ、結節?えっ、うそでしょ…嫌な感じなんだけど…(沈黙)』

看護師さん『先生、このまま細胞診をしますか?』

夫『(長い沈黙)………日を改めて、院長にしてもらおう。…ダークチェリータルトはもういいよ、これを持って帰って!』


と、夫に甲状腺のエコーの写真を渡され、困惑したまま帰宅。
その後、昼休みに夫が突然戻ってきて、写真について説明を始めた。


夫『9割の確率で甲状腺がんだと思う。
 手術すれば大丈夫だけど、今後の事は、おじさんと(院長)と相談するから。』

私『でも、細胞診をしないと、がんかどうかなんてわからないでしょ。』

夫『特徴的な所見があるから、間違いないと思うよ。』


あまりにも突然のことで、現実感ゼロ。
見たことのない、夫の動揺する姿に、もう何がなんだか。



その後、伯父と相談し、関西のK病院で手術を受けた方が良いということになり、それならば、痛い思いをして何度も穿刺吸引細胞診(腫瘍に針を刺し取り出した細胞を調べる検査。甲状腺がんが確定できます。)をするよりも、K病院で検査をした方がよいということになりました。


娘のバレエの発表会が終わった後に、夏休みの旅行でUSJや神戸に出かけた一番の目的は、私の検査のためでした。

そして、お盆明けにK病院で院長診察と細胞診を受け、結果は、クラスⅤ。
(Ⅰ、Ⅱは陽性、Ⅲは判断つかず、Ⅳは悪性疑い、Ⅴは悪性)
甲状腺乳頭がんでした。

ここで初めて、涙がこぼれました。
甲状腺乳頭がんは、おだやかで、予後も良好、生存率も高いけれど、やはり「がん」という告知はショック。

来年の1月に手術を受けることになりました。


手術をここまで延ばせることからも、危険度の低いがんだということが、わかると思います。
ただ、かかったがんが同じでも、出来た場所や大きさなど個人差があるので、これはあくまでも、私の場合のお話です。

そして夫は、私を励ますために、発表会用のドレスと、モンクレールのダウンを買うことになったのでした。





その後の私の気持ちは、ジェットコースターのよう。
上ったり、下がったり。


たくさんの方に支えられ、充分な治療を受けられる私は、恵まれていると思う。
皆が口をそろえて、「主治医がいつも隣にいてくれて、本当に心強いね!何も心配することはないじゃない!!」と励ましてくれるし、実際、私もそう思う。


でも時々、夜中に突然パッチリと目が覚め、『死んじゃったらどうしよー』と涙がでることも、ある。

また、「私の還暦お祝いパーティーで、ショパンの舟歌を演奏するの〜」とピアノ友だちに宣伝しているけれど、それまで生きている???とかね。



不安定な中、S先生の発表会、リレーマラソン、大人の発表会、コンサートグレードなどの予定があって、本当に良かったと思った。
何かに取り組んで集中している時は、すっかり忘れて、元気だから。





告知から今日までの2ヶ月は、あっという間でした。
この分だと、気がついたら手術も終わっていそう。


来週、術前検査を受けてきます。